従来のものに比べ、無駄毛を根元からキレイにそぎ落とし、かつ動物に与えるダメージが無く、更にブラッシングによるマッサージ効果も倍増!というもので、ブラッシング嫌いなぺットにとっても飼い主にとっても(因みにアタシはブラッシング嫌いな飼い主、自分の毛すらブラッシングしたことナッシング・・・・・)ありがたいアイテムなんですが、笑ってしまうのがそのネーミング“毛、取れた!”“毛ぇ、取れ〜たぁ”“Kトリーター”となるんでしょうが、ベッタベタやねん!
その昔『アルトベンリー』という道具がありまして、ギターの弦を巻き取る道具で、ヘッドの部分のペグにかぶせてレバーをくるくるまわすというもので、たぶんその昔バンド人間だった方はピンとくるハズですが、このネーミングも前者に似た響きがあるなあ、なんて思い出しちゃったんですが、この『アルトベンリー』って“あると便利”なんでおそらく対の関係にある“ないと不便”つまり『ナイトフーベン』でもイイんじゃないかな?なんて当時は思ったんですが、よくよく考えてみたら世の中、あると便利なモノって決して“無いと不便”でもないんですよね!
例えば、最近よくある“用を足して立ち上がると自動的に水が流れるトイレ”なんてのは、それに慣れちゃうと、そうじゃないトイレでも自分で水を流さないハズかしい人になっちゃうワケだし・・・・・・・・
で本題に入りますが、ならば動物園はアルトベンリー、ナイトフーベン、なのでしょうか?つまり、必要か否かということですが、これは日本ではずっと昔から議論されてきたことです。とても深い話なので、結論だけいいますが、アタシは“動物園は無くてはならないトコロ”だと思っています。
ヒトは便利、不便という実用的な分類に属さないところから『癒し』『安らぎ』『悟り』を受け成長する生き物だと思っています。アタシが今までヒトとして生きてきてこれらをもらってきたのは動物園でした。イイ時も、そうでない時も、動物園に行くと何かしら生きていくエネルギーのようなものが自分の中に入り込んでいくのが実感できました。
アタシにとって動物園は神社のようなもので、日本中どこにでもあり、そこそこの特徴があり、主張があり、それは自分にとって心のビタミンになる・・・・・そういう動物園というトコロの魅力を自分なりにお伝えすべくはじめたこのコラムですが、この回を持ちまして終了させていただくことになりました。
5年という長期にわたりお付き合いくださった多くの方々に厚くお礼申し上げます。
アタシはこれからもZOOっと動物園に通います。今度はどこかの動物園でお会いしましょう!

